日本高校野球連盟 育成功労賞
(旧Year of the Coach)

 

年 度
2008年度
名  前
池 口 武 吉

  1982年4月、市立塔南高校に採用と同時に責任教師に就任。翌1983年4月より同校野球部の監督と責任教師を12年間務める。その後、1996年4月より市立堀川高校に転勤、同校野球部責任教師に就任。翌1997年4月より同校野球部の監督・責任教師を9年間務められ、通算24年間の指導経歴があり、1987年秋季大会ではベスト4・1988年(第70回大会)ではベスト4の実績を残す。また1983年より1997年の間京都府高等学校野球連盟理事を、1997年より2005年の間同連盟副理事長を務め、高校野球発展に尽力。1997年に教育委員会表彰受賞・2004年3月に京都野球協会功績表彰受賞・同年11月に教育委員会功労賞受賞と数々の功績を残した。

 

年 度
2007年度
名  前
梅 谷   忠

  1965年4月、学校法人真宗大谷学園大谷高等学校に奉職と同時に野球部長に就任。翌66年4月より76年3月まで監督を務める。その後5年間部長としてチームを支えた後、81年4月から再び監督として指導。77年から88年まで12年まで京都府高野連理事、89年から94年まで6年間同副理事長、95年から2002年まで8年間同理事長を務め、京都府高校野球発展に寄与した。30年に渡る指導の間には堀井恒夫(元大洋ホエールズ、現横浜ベイスターズスカウト)北村俊介(元中日ドラゴンズ)藤原清景(元近鉄バファローズ)波留敏夫(現横浜ベイスターズ)など多くのプロ野球選手を輩出。95年から現在までの13年間、日本高野連評議員として活躍、現在に至る。

 

年 度
2006年度
名  前
西 野 文 雄

 現京都府高校野球連盟参与。1965年4月学校法人ヴィアトール学園洛星中学高等学校の保健体育科教諭として着任し、同時に中学と高校の軟式野球部兼監督として指導にあたる。着任後3年目までにそれまで1・2回戦止まりであったチームを京都市中学野球選手権で準優勝に、また4年目の10月には京都府高等学校軟式野球秋季大会で初優勝に導くなど、その指導力は高い評価を得られた。
 68年11月には、その実績と熱心な指導が認められ、洛星高校硬式野球部を発足、同時に部長・監督に就任。以来。準優勝1回、3位2回、ベスト4が4回、ベスト8が15回の戦績を残す。中でも1986年秋季近畿大会で準優勝した明石高校に延長13回2対3のスコアで惜敗し、翌春のセンバツには出場できなかったが、近畿地区補欠1位校に選ばれた。
 教え子の多くは東京大学・京都大学に進学し、野球にとどまらず、政財界、医学界、法曹界など多方面で活躍している。2003年5月からは京都府高等学校野球連盟理事長を務めた。

 

年 度
2005年度
名  前
盛 山   修
 現京都府高校野球連盟審判部長。紫野高校を皮切りに、桃山高校で部長監督。鳥羽高校で監督を務めた。連盟においても副理事長を歴任している。また多くの教え子が現在京都府で中心的指導者として活躍している。

 

年 度
2004年度
名  前
三 崎 嘉 直(故人)
 元京都府高校野球連盟副理事長。長年、福知山商業(現福知山成美)で部長監督を務め、同校を選手権京都大会で3度準優勝に導くなど、北部の高校野球発展に貢献した。

 

年 度
2002年度
名  前
清 水   茂(故人)
 元京都府高校野球連盟理事長。長年、花園高校で部長監督を務め、同校をセンバツ大会・選手権大会に導いた。

 

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